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2004-11-14

平成16年10月23日付 神戸新聞社会面「論考04」より
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/9731/
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▽グローバル化対応遅れ
 日本の左翼とは何だったのか。そして今、左翼にどのような可能性が残されているのか。
こうしたいささか「反時代的」とも見えるテーマを掲げたシンポジウムが、十月の
日本政治学会(会場・札幌大学)で開催された。政治を研究対象とするこの学会でも、
通常は、国際比較などの学術的な発表が多く、現実政治への実践的な関心を正面にすえる
こうしたテーマ設定は珍しい。

 そもそも左翼とは何か。これ自体が論争点である。シンポジウムでは、社会的な平等を
追及する点が焦点ではないかという見方が示されたが、平等と一口に言っても、機会の平等・
結果の平等などさまざまなものがあり、左翼だけが平等を目指すとは言えないという反論もあった。
むしろ、現状に満足せず、別の秩序の可能性を目指す点に、現状に満足しがちな人々と異なる
左翼の特徴があると言えるのかもしれない。

▽「反戦」の評価
 日本の戦後左翼を評価する上での焦点の一つは、平和運動がその中心にあったことを
どう考えるかであろう。

 終戦直後から六十年安保の時期にかけて、とにかく戦争だけはもう嫌だと言う厭戦(えんせん)感情が、
日本の社会運動を支えたが、こうした運動は、基本的に被害者意識にもとづくものであり、
その点に限界があったかもしれない。ベトナム戦争などを契機に戦争への荷担の是非も問われたが、
一般の日本人の戦争責任が正面から問われるようになったのは比較的最近のことである。

 しかし、そのことよりも、運動が反戦という課題に集中したことで、ヨーロッパ型の
社会民主主義政党の樹立が遅れたということがしばしば問題とされる。すなわち、
日本の左翼運動や左翼政党は、憲法九条擁護などに専念するあまり、福祉社会による
国民の生活向上という政策課題を十分に追求することがなく、そのため、国民の支持を
広げることができなかったということである。

▽民主党と左翼
 しかしながら、これとは逆の見方もまた存在する。反戦論にこだわることは、むしろ
左翼の財産であったと言う論点である。

 村山政権による自衛隊容認など、社会党の一連の方針転換は、いわゆる現実主義への
移行を図るものであったが、それこそが左翼集落のきっかけとなったではないか。
九条擁護論にこだわっていれば、支える国民世論はそれなりにあり、左翼勢力は
現在よりは温存されていたであろう、というのである。

 護憲反戦左翼から社会民主主義への転換が遅れたことが失敗の本質なのか。それとも逆に、
転換は必要なく、あえて転換しようとしたことが躓きの石だったのか。この点で
研究者の意見も分かれている。

 そして、こうした対立は、現在の民主党への評価と密接にかかわる。民主党は、
日本の左翼の中からついに現れた希望の星なのか。それとも、左翼的なものを葬り去り、
日本を保守二党体制に導くものなのか。人々の見解は収斂していない。

▽競争と連帯
 今日、雇用が不安定化し、貧富の差が広がる中で、日本にも左翼が勢力を伸ばす条件は
一定程度あるように見える。事実、ヨーロッパでは、社会民主主義を掲げる政党が
多くの政権を担っている。

 それなのに日本で左翼に元気がないのはなぜか。きわめて旧弊な自称社会主義国が
近隣にあることは、もちろん大きな理由であろう。このことによって、反戦平和という
かつての旗印は非現実的なものと映りがちであるし、社会主義的なものには
暗いイメージがつきまとう。

 しかし、一番の問題は、経済のグローバル化への対応策を左翼が示していないことではないだろうか。
競争が激しいからといって、単にそれを回避すれば問題は解決するのか。人々はそこを疑っている。
「左翼復活」に必要なのは、政党再編のような小手先の戦術でなく、競争と社会連帯を折り合わせる
政治哲学の提示ではないだろうか。
(杉田敦・法制大教授・政治理論)
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http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/9731/